坂本金八 is still alive !
説教がウゼェ、セリフがクセェ、なのにグイグイ引き込まれるこの不可思議な感動はナニ?
25年経った今も続き、見た者すべてに自問自答を迫る「3年B組金八先生」。
なかでも、男も揃って号泣する「腐ったミカンの方程式」があまりにも有名な80年代シリーズは別格。
70年代を席捲した"熱血教師と生徒達"というパターンを踏襲しつつも、スパルタでもなければ
決して友達や兄貴でもない、一見気さくでありながら実は頑なまでの「教師」にこだわるその姿勢は、
坂本金八こと武田鉄矢の等身大のキャラクターこそが成し得た奇跡であった。
あくまでも「体育会系」をベースにした70年代日テレ「学園」ドラマとは似て非なる、時に平凡な、
リアルな日常に根ざした人間模様やエピソード中心のドラマは、シナリオライター小山内美江子ワールドによるもの。
セリフのダサさは「顔はやめなよ、ボディ、ボディ」や「グッとナウいじゃん」と三原順子(現・じゅん子)に
赤面ひとつさせずに言わしめた小山内美江子先生@昭和ヒトケタ(15歳には原爆投下・玉音放送)を決して責めることはできない。
そして、79年にブラウン管に教師として登場した武田は、あの「母に捧げるバラード」で、70年代においては
既にそのキャラクター認知度は全国区であり、それゆえに70年代中盤に「われら青春」で俳優デビューして
そのまま70年代後半には「ゆうひが丘の総理大臣」へとやはり教師役がハマった中村雅俊と比較するとき、
同じ長髪でもカーリーヘアの中村と、天然ポマード風な武田。
股下90cmはあろうかという長い足をスリムなベルボトムに包み長身と甘いマスクの中村に対し、
座高90cmはあろうかという長い胴と短い足をドブネズミ色のスーツに包んだ不細工顔の武田。
何もかもが好対照だった2人が、まさに1980年を機にドラマ教師像の主役交代を見せつけた。
いや、正確には当時同じTBSで金八第2シリーズ放映終了後のほとぼりがようやく冷めた頃に始まった、
あの「スクール☆ウォーズ」では、(時代錯誤な大映ドラマという点を差し引いても)教師は熱血ラガーマン
というのがやはり正統派であったことを思えば、金八は唯一無二の特異なキャラクターであったろう。
(その証拠に、金八シリーズの合間を埋めた「新八」「仙八」「貫八」の80年代3部作は今や見る影もなく、
人々の記憶からも薄れようとしている)
そんな金八のほとばしる過剰なエネルギーが、自身、教育大学出身という武田の想いもあいまって、
もはや架空の郊外学園のコミカルキャラクター先生&生徒達が織り成す予定調和なドラマに食傷気味だった中坊達に、
舞台は兄貴世代の高校生ではなく、同世代の多感な中学3年生を、掘切駅や足立区が実名登場のリアル世界をロケ地に、
しかも学園ドラマではタブーだった妊娠、校内暴力、そして心身症までもを敢えてメインテーマとし、それまではあくまでも
クラブ活動男子の添え物に過ぎなかった女子生徒にも主役級クローズアップするなど、ことごとく従来のお約束を打ち破るインパクトを与えた。
劇団俳優中心の学園ドラマに現役活躍中のTVアイドル達を投入(たのきんトリオを嚆矢とする)したり、
70年代学園ドラマのフィルム調の映像ではなくビデオ調の映像だったことでヴァーチャルリアリティな
一種独特な80年代前半の同時代を生きる空気を横溢させたことも新規性を感じさせた。
そして一般生徒達のアイドルとの共演に浮かれた学芸会気分のぬるいノリが、50歳を迎えた小山内シナリオの
社会派でマジな問題提起&30歳を迎えたばかりの武田のガチンコでツーホットな演技に、いつしか回を追うごとに
呑み込まれてゆく様を、まだビデオの普及していない画面の前の全国中学生達は同時進行で体感していた。
そして相次ぐ再・再々放送とビデオの普及により、加藤優VS松浦悟の80年代タイマンバトルが
今や世代を超えて語り継がれる伝説となっているのは、驚異と呼ぶほかはない。
しかし武田も髪を切り、シリアスさがギャグとしてさえも敬遠され始めた80年代後半バブル期からは、
金八はすでに往時の勢いを失っていたと言える。
それでも小山内の信念と武田の自己満足とTBSの看板事情からシリーズは継続された。
だが、やがてそのシリアスさも、現実学校社会がユーモアさえも許さない、いわゆるシャレにならない状況を生む
90年代後半からは、救いようの無い暗澹たる現実が突きつけられ、さすがの武田も寄る年波とニートの増殖には勝てない
と弱音を吐露しているのは笑える現実である。(それだけに70歳を超えて15歳のドラッグに斬り込む小山内老婆は透徹している)
そうした時代閉塞感と将来不安が滞留する現代だからこそ、当時は衝撃的と言われたテーマの第1・第2シリーズも、
今では安心して嗤いつつも感動にむせび泣くことができるという稀有の存在となっている。
武田鉄矢の白髪交じりのオヤジ臭い説教ではなく、金八っつぁんの涙ながらの熱い説教が聴けた80年代前半は、
今は亡き沖田浩之(63年生まれ)や古尾谷雅人(57年生まれ)にとって冥土の土産となったであろうか。